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生きるとはどういうことだろう? ~結婚と仕事を追い求める旅~

Posted by クリエイティブデザイナー on 11.2012 未分類 0 comments 0 trackback
今日は、生きるとはどういうことか?(人生観)を考えることで、仕事と結婚について考えてみたい。

「生きる」ってことを、
・生きる目的(=何故生きなければならないか?)
・生きる動機(=どうして生きようと思うのか?どうして生きる目的を捨てないのか?)
・生きがい(=どういう時に、生きることへの喜びを見出すのか?)
の3つに分解してみることで、「生」を強烈に意識することに成功し、「夢=限りある我が生を大切にすること」と再解釈することができた。



■生きる目的(何故生きなければならないか?)

・自分+家族が生きなければいけないため
・生きることを許された自分は、この世に恩返しをしなければならないため

生きる目的に自分と家族を「養う」ことが入ることで、ちょっとやそっとじゃめげない強い自我を、私は形成しているようだ。
だからこそ、強烈に結婚願望が強いんだと思うし、それを求めることで若き人生に幸せを感じることができている。

そして、生を頂いたことへの恩返しとして「社会貢献」の思想が生きる目的に入らなければいけないと感じることには、自分としても誇りに思う。
そもそも古来から、日本男児は国のために死ぬことに喜びを見出すことを幼少期から教えられ、武士として立派に生を全うしてきた。
また、他国を考えた場合、恐らく宗教観によって、社会への恩返しの思想を植え付けているように思われる。
この思想が生きる目的に入ることで、仕事に対する情熱が何十倍にも増大すると私は信じるし、もしこの思想が入らなければ、家族を不幸にも失った場合に自殺しか道はないのではないかと思う。
日本国(いや豊かであるはずの先進国)での特に男性の自殺者が絶えない根本的理由は、家族を養うことがどうしてもできなくなってしまった悲しき男性と、家族を失い目の前が真っ暗になってしまった男性が引き起こしているのだろうと思うと心苦しい。
良き家族を持ち、社会貢献をするために強く生きるのだと覚悟を決めることができれば、それだけでも十分幸せなことなんだろうと思う。



■生きる動機(どうして生きようと思うのか?どうして生きる目的を捨てないのか?)

・奥さんに頼られ感謝されること、そして子供が成長する姿を見ることに、本能的にこの上なく嬉しさを感じるから
・社会貢献をしない男は価値がなく、最もカッコ悪く恥ずべきことであるという思想の植え付けがあるから
・生きる目的を持って生きていると、生きがいにより心の充足感を感じる瞬間があり、生きることの喜びと感謝の気持ちが芽生えるから

生きる動機には、生物として本能に植え付けられたプログラムと、ある種の宗教観を無意識化に刷り込まれていることが力の大きな源となっているようだ。
最後は副次的な理由ではあるが、生きる目的と同期が揺らいだ時にそれを繋ぎとめる大きな役割を果たしているようにも思われる。



■生きがい(どういう時に、生きることへの喜びを見出すのか?)

ここがその人の人生観であり、個性であり、魅力に繋がるところではないだろうか?
たくさんあればたくさんあるほど、善く生きることができるんだと思う。
・感謝される
・貢献する
・好きなことをする
・・・

生きる目的と動機がしっかりしていれば、あとは種々の生きがいを見出すことで自分らしく善く生きることができるのだろう。



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以上を基に、結婚観と仕事観へ話を飛ばしたい。

■結婚観

最近ようやく気付いたことだが、男女の結婚の根底に流れる想いは
・男性→女性:自分が苦しくて落ち込んでも、たとえうつ病になったとしても、その結果過ちを犯したとしても、信じる気持ちを失うことなく自分のそばに居てほしい
・女性→男性:何があっても私を一番に想い、最後まで私と子供を守り抜いてほしい

女性→男性は単なる仮説にすぎないが、男性→女性の結婚観は少なくとも私の場合は究極これであろうとわかった。
男性が求めるのは、妻の信じる気持ちと過ちをも許す心であり、女性が求めるのは旦那の決心と揺るがない心なんだと思う。

つまり、結婚は信じる心と許す心とがベースになっており、これが揺らぐとほぼ終わりなんだろうと、若いながらに悟ってしまった。



■仕事観

仕事を選択する時期が着々と迫っている私にとっては、以下が選ぶ優先順位であるのだろう。
1.どんな苦境に生い立たされても、意地でも辞めずに続けることができる仕事
2.自分の仕事の貢献が多少であっても実感できる仕事
3.好きで人生をかけて打ち込める仕事

得手不得手は私にとっては全く考慮に入らない。
好きでやりがいが見出せ、自分の存在意義が確認でき、どんな苦しくても頑張れる仕事を、これから探し求めるんだろうなと思う。

愛情とご縁と宗教と、感情と言葉と学び ~挑戦の2012年で少しだけ悟ったこと~

Posted by クリエイティブデザイナー on 10.2012 未分類 0 comments 0 trackback
すっかり秋めいてきた。
美しい紅葉が僕を感傷的な気分にさせるのは、自分が暗にそれを望んでいるからなのか。
1年を総括するには時期が早いかもしれないが、この1年の歩んできた道のりをスッと見返すことができたので無性に書きたい気分になった。

2012年は挑戦の1年だった。
それは僕の思考を大きく揺さぶらせ、判断を鈍らした。
たくさんのものを見聞きした。多くを感じることができた。
そして大切なものを得る代わりに、大切なものを失った。
良き1年だったとは言い難い、少なくとも今は。
良き1年だったと言えるようになるのは、これからの自分の生き方次第なんだろう。

挑戦によって、世界が開けたと同時に悟りを開いた部分もある。
今日はその悟りについて徒然に書いてみたい。




そうだな、恋愛に喩えてみるとわかりやすいだろうか。いや母親と子の関係が良いだろうか。
今までの僕は、好き合っている男女が別れを選択するなんてことを納得することができなかった。
しかし、この世は子供の夢見る理想世界とは少し違うこともあるようだ。

--
大好きで結婚を考えてる彼がいます。
きっとこの先、彼以上に好きになる人には出会えないかもしれない。
人なつっこくて、優しくて、子ども好きで、あたしを誰よりも理解してくれていて…
そして彼はいつも、「お前の子どもは可愛いやろなぁ」「早く子どもほしいなぁ」と私に嬉しそうに言います。
だから別れなければなりません。
私には貴方が大好きな子どもを産んであげれないから…
--

好きな人の手を離さないのはただの「愛着」。
手を離してあげられるだけの「愛情」が僕にはあるか?
そんなことを幾度となく考えただろうか。

そういえばこんな話もある。

--
一休さんのお話しで、二人の母親が子供を取り合うというものがある。
突然財産持ちになった子供に、二人の母親が「自分が母親よ!」と名乗り出る話だ。
どちらが本物の母親かを調べるのに、一休さんは二人の女性に、
子供の手を引っ張り合って「取り合って取れた方を本当の母親とする」と言う。
そして二人の女性は、子供を引っ張り合うのだが、
子供が「痛い!」と言ったら、一人の女性はパッと手を離してしまう。
残った女性は「やった!やった!私が母親よ!」と喜ぶのだが、
一休さんは、手を離した方が子供の母親だと判断した。
つまり「子供が痛いと言っているのに、手を引っ張り続けれらるなんて母親じゃ無い」
という頓智話なのだ。
--

本当の母親は、我が子を愛しているから、本当に大切に想っているからこそ、
痛がる子の手を引っ張り続ける事ができなかった。
本当の愛情とはこんなにも切なくて良いのだろうか?

こんな話をクリスチャンの女性に僕は語っていると、
彼女はうーんとうなった後で、キリスト教の神様と人間とのお話を聞かせてくれた(記憶力が定かでないため以下はどこか間違えているに違いない)。

--
本来は、神様と人間はとても仲が良いものらしい。
しかし、ある時人間は自由意志のため、神様の愛情をそっちのけに神様のもとを離れていったのだそう。
その時、神様は先の女性や母親と同じように、辛い気持ちを抑えて人間を手放してしまう。
(その関係を修復するために犠牲になったのがイエス・キリストで、後に天使になったらしい)
その後、人間は神様のもとに帰ってくることになった。
(愚かな)人間であれば、自分を一度裏切り去った者を受け入れることは難しいのかもしれないが、
この時、神様はそっと人間を包み込み、あるがままを受け入れたのだそうだ。
--

クリスチャンの彼女は、愛情とは裏切りをも許して包み込むことではないかと主張した。
なるほどと、僕の心には綺麗に腑に落ちた。



しかし残念なことに、人間には心がある。感情がある。
この事実を実感するのに24年間もかかった僕は愚かな人間の一人なのだろうか。
ある小さな感情が他の大きな感情をコントロールすることができなくなることがある。
感情にどうしても頭と身体が付いていかなくなることだってある。
正常になるためには、感情を押し殺す"努力"(なんと虚しい努力だろうか)をしなくてはいけないことがある。
なんと人間とは弱く悲しい生き物なのだろうか。
そう自問自答する毎日を過ごす僕がいる。

人間が生きる限りにおいて、必ず宗教は存在する。
それは日本においても例外でないことを理解する。
好き同士であるにも関わらず、別れを愛情で受け入れなければならない男女を、
キリスト教では神様が与えた運命であり、二人にとって幸せになる一歩であると信じ込むのだそうだ。
普段は無宗教であると考える(私もその一人)多くの日本人は、「縁」という言葉を用いて辛い運命を受け入れる。
この人とはご縁が無かった、この企業様とはご縁が無かった。
そんな言葉を多用したくはないが、使わざるを得ない場面が出てくる可能性はある。

不幸は突然訪れる。
幸せが崩れ落ちるのは一瞬であることも初めて味わった1年だった。
信頼を築くには多くの時間がかかるが、信頼が崩れるのは「一言」で足りる。
そう父に教えてもらったのはいつだったか。
それを理解するのに24年間もかかった僕は愚か者だし、
その「一言」が、悪気もなく自然と出てきた普通の言葉である場合もあることを思い知らされた僕は、言葉を発することに憶病になった。
どれだけ悩み、どれだけ苦しみ、どれだけ反省しても、どれほどこれから注意しても、同じ過ちが繰り返される可能性があるかもしれないと悟る僕にとっては、
「人間関係の難しさ」という大人たちが使い古している言葉の恐怖にただただ怯える。
これも社会に踏み出す、真の大人になるための一歩なのだろうか。試練なのだろうか。


インドでは、貧困の凄まじさを感じることで相対的に自分を幸せと認識したり、教育制度の欠陥から不自由にしか生きることができない人々の虚しさを味わった。
アメリカでは、格差から生まれた麻薬中毒者たちの悲痛な姿を見て、なんと日本は平和なのだろうと再認識をした。

インドの子供たちの目の輝きと凄まじい人口を目の当たりにして、グローバルなパワーシフトが着実に進んでいることを身に染みて味わった。
シリコンバレーのスタートアップ環境と優秀な頭脳が集結するパワーを実感して、日本が崩れ落ちていく未来がまぶたの裏に浮かんだ。


そんな響きの良い学びもあったけれども、この1年の僕にとっての最大の学びは、
ご縁でしか済ませられない人生の儚さと、何気ない普通の一言による誤解から信頼関係が崩れ落ちる恐ろしさを知ったことかもしれない。
逆行を許さない時の流れに身を任せて、もう元に戻らない反省をそっと手放し、ただ未来のみを見つめて今をがむしゃらに生きるしかないと自分を信じ込ませながら、
ジリジリと痛む心と共に、長く苦しい毎日と向き合う今の僕は、幸せであるはずの未来の僕から見ると良い経験だったと言えるのだろうか?

ただただ自分の心を酒と言葉で騙しながら、時には感傷的になる素直な気持ちを大切にしながら、鏡の僕に向かって「まだ大丈夫そうだ、今日も頑張ろう」と笑ってみせては落ちに落ち込む。
そんな僕の心を時間が癒してくれることをひたすら待ち続ける。そう願う。
もう大丈夫みたい。今日は大丈夫だった。
明日以降も大丈夫だと信じたい。
そう、明るく生きよう!

一般人がディズニーファンになった一日

Posted by クリエイティブデザイナー on 20.2012 未分類 0 comments 0 trackback
1年半ぶりの更新です(笑)
もちろん更新するには訳があって、表題の通りなのですが。

私はディズニー映画も、ディズニーランド/シーも好きです。
しかし、超好きか、熱狂的ファンかと言われると絶対にNOでした。
しかし!今日この答えがYESになりました。


私は今、ロサンゼルスにホームステイしています。
オレンジカウンティというとてものどかで美しい街です。
なんとディズニーまで車で15分という素晴らしすぎる立地。
ディズニーファンの女性数名から「将来は舞浜に住みたい♪」とプリンセスなことを言われて笑っていたのを覚えていますが、今では間違いなくオレンジカウンティをオススメしますね(笑)

2012/10/19、カリフォルニア・ディズニーリゾートに行ってきました。
入場料は$85(現在$1=\80)で少し高いし、何せ一人で行くことになるので、最後の最後まで行くかどうか躊躇っていました。
しかし、せっかくだからという想いが募って行くことにしました。
ここは、ディズニーランドとディズニーカリフォルニアアドベンチャーパークが併設されています。
日本のランドとシーのように入口間を移動しなければいけないわけではなく、本当に出口と出口が真横にあります。
両方入れるチケットは$125なのですが、貧乏学生にはあまりにも高いため、日本にはないアトラクションが多いアドベンチャーパークに行きました。
ホームステイ先の方に車で送迎してもらい、開園時間8時ほぼちょうどに着きました。
カリフォルニアのディズニーは、気候が熱くて雰囲気にピッタリだし、クルーは多国籍で味があるし、客はほとんどが白人なのでとてもいい雰囲気を醸し出しています。
ディズニー





ちなみに、私がどれだけディズニーファンではないかを伝えておくと、
・6回ディズニーに行っているはずだが、記憶が2回しかない(大学生でシーとランドに一度ずつ行ったそれだけ)
・基本女の子と行くので、プランも歩くコースも全て任せている
・そのため、ファーストパス(以下FP)の存在も忘れているし、ルールは全く分からない
酷いものですw
何に乗りたいかもわからないし、調べる時間的余裕もなかったので、完全ノープランで行きました。


まず、Cars Landが一番新しく混むという情報を聞いていたので、真っ先にRadiator Spring Racerへ。
カーズ同士が競争するアトラクションで、英語がチンプンカンプンでしたが面白かった。
その後は、「FPマークが付いているアトラクションは面白いはず」の原則で、バンバン取りながら回ります(そのうち使い方を習得した)。
カーズ


日本になさげなアトラクションから乗ろうと思い、次にSoarin' Over Californiaに乗りました。
飛行機に乗った気分で、カリフォルニアの色んな顔を持つ地域を旅するアトラクションでした。
ゴールデンゲートブリッジの上を飛んだり、海の上を飛んだり。。。
でも一番良かったのは、大草原の上を飛んだ時ですね。
ふと、インドで砂漠を訪れた時の想い、それは「広大な自然の前に自分しかたっていない時の、自然に圧倒される気分と、一人の人間の存在の小ささを思い知らされる想い」が蘇ってきて泣きそうになりました。
日本、特に東京や大阪のような人がゴチャゴチャいるような場所で日々を過ごしていては絶対に気づかない、大切な想いです。

この後たまたま、World of ColorというFPの付いたものを見つけ、何かもわからずFPを取りました。
これが実は一番の幸運だったのですが、この時は全く気付いていません(アトラクションやと思っていたので:笑)

It's Tough to be a Bug!という、唯一子供には恐怖過ぎるというマークがついていたアトラクションにチャレンジ。
3Dアニメーションなんですが、上手いこと複合現実しており、気持ち悪い虫が自分の身体を走り回っている感覚を得ます。

次に、The Twilight Zone Tower of Terrorに乗りました。
実は、私は生まれて一度もすごい絶叫系に乗ったことがありませんでした。
(理由は中学以来ほぼ遊園地に行っていなかったことと、TDLやUSJに行く相手が必ず絶叫系ダメな子で合わせていたから)
だから、もう一生絶叫系に乗れないかもしれないと思って、いきなり凄いのに挑戦しました(笑)
これはマジで怖かったですね。顔写真が恐怖におののいていて、バッチリ撮りました(恥ずかしくて?面白すぎて?アップできません:笑)
タワーオブテラー


そして懲りずに、California Screamin'というジェットコースターに乗りました。
これは案外怖くなかったです。
一回転するのが小学生の時からどうしても無理で挑戦したことなかったのですが、全く怖くないですね!(回転の半分でメガネが取れて超ビビりましたが:笑)
ジェットコースターにははまりました(2回乗りました)
ジェットコースター





ここまででFPを全部取り終えて11時前。
信じられないくらい早いペースで回れているので、FP以外にも挑戦。
Toy Story Midway Mania!というのがメチャクチャ並んでいて50分待ち(今日はこれが最大の待ち時間でした、ラッキー)。
長蛇の列に並ぶという発想で入ると、シューティングゲームでした。
確か日本のランドにもあった記憶がありますが、打ち方が全く違うように思います。
日本のはボタンを押す/レバーを引く(どっちみち押す行為)だと記憶していますが、ここのはひもをいちいち引っ張って打つから超腕が疲れました。
トイストーリー


Goofy's Sky Schoolというのにも乗りましたが、これは全然。
子供向けのショボイジェットコースターでした。

続いて、The Little Mermaid - Ariel's Undersea Adventureを乗りました。
このアトラクションに結局最多の4回乗ることになるのですが、まぁ感動しました!
リトルマーメイドを子供のころ見ていた時の気持ちがふと蘇ってきて、これまた泣きそうになりました!
そして、めちゃくちゃアリエルが好きになってしまいました!ロボットであろうとなんと美人か!
ストーリーもいいですよね!主人公が女性の恋バナストーリーが一番好きです。
音楽もダントツで好きです!高校生の時吹奏楽部でしたが、ずいぶんとリトルマーメイドメドレーがしたいと主張したことも思い出しました(結局採用されなかった:涙)
ディズニー映画ではリトルマーメイドが一番好きやと、ここで初めてわかりました。
絶対もう一度見よう!10年ぶりくらいに!!!
リトルマーメイド


そしてGizzly River Runというのにも乗りました。
これは見た目からして超楽しそうな、水がかかる系のアトラクションです。
しかし、ここはアメリカ。
このアトラクションの設計責任者を呼べ!と言いたくなるくらい水がかかります(笑)
どれくらいかというとジーパンをワイシャツ、革靴を履いてた俺が川に3秒間全身を川に付けた感じ。
ずぶ濡れなんてもんじゃありません!
いくら熱いカリフォルニアといえども、風邪をひきそうになるくらい凍えていました。
(まぁ懲りずに2回も乗ることになり、2回目が最悪にベチャベチャになって、結局帰宅後の今も乾いていません(涙)


ここまでで14時、超良いペースです。
乗りたいアトラクション(子供っぽいの以外すべて)は全制覇したので、ショーに行くことにしました。
この時初めて、World of Colorがラストショーであることに気づきFP取ってて正解やったと思いました(最高の感動は最後に書きます)。
その他のショーはアラジンくらいしか興味をひかなかったのでDisney's Aladdin - A Musical Spectacular -を観に行きました。
これがまた良かった!!何回も泣きました(笑)
日本のに比べて役者が上手い!うまくジョークを入れるし。
そして、観客もアメリカ人なので、笑うときは爆笑するし、感動したら叫び声あげるし。
それを真似してるととてもとても楽しかったです!
結局、この劇も感動し好きで2回連続で見ました!!(2回目はかなりいい席をとった!)
アラジン




あとは晩御飯食べたりお土産買ってたらいい時間となり、最後のWorld of Colorを観る準備に行きました。
これはFPを持っていないと立見席に行けないという仕組みになっており、たまたま取っておいた私は大正解でした!
FPはBlue, Yellow, Redの3色で分けられているようで、順に良い席なのだとか。
私はYellowでしたが、1時間半前からしっかりと並び、一人だということもあって最前列で観れました。
ワールドオブカラー1

ワールドオブカラー2



期待は少しだけだったのですが、始まってみるともうこれが!!!言葉が全く出ませんでした。
美しくて感動で…。凄すぎました!!!!!
水にプロジェクター光を当てて、色つきの水を高くまで噴射させたり、水のベールに映像を描き出すのが原理なのですが、めーーーーっちゃ綺麗!!!
生きてきて間違いなく、文句なしで、ダントツで感動しました!!!!!!
これはこの動画見てくださいとしか言えません。
World of Color 1/2
World of Color 2/2
あまりの感動に涙涙。
必ず、両親と妹、そして将来の家族を連れて来ようと心に誓いました。
World of Colorは観ずに死んではいけないと思います。
日本のランドやシーとは同じ比較フィールドにはなく、完全に超越しています。
ディズニーシーができるとき、一部のディズニーマニアからWorld of Colorを作るよう強い期待があったという話を聞いていましたが、その意味がよくわかりました。

日本にいるだけじゃわからないこと、味わえないことをたくさんたくさん味あわせていただいています。
それがディズニーにまで及ぶとは想像していませんでした。
今回はディズニーランドの方には行けませんでしたが、そっちも素晴らしいものがあるはずですし、フロリダやその他の国も含めて、各箇所のディズニーには各々の味があるんだろうなと思いました。
こんな素晴らしいWorld of Colorを見せていただいたら、一生かけて世界中のディズニーを廻るしかないですね!素敵な楽しみができました。



カリフォルニアのディズニーは、World of Colorが良いのはもちろんのこと、気候・クルー・客がディズニーの雰囲気にピッタリなので本当に良かったです。
ディズニーファンはもちろん、万人に来てもらうことを心よりおすすめするため、久しぶりにブログを書きました。

新入生ガイダンス「キャンパスライフ・デザイン2011」終了

Posted by クリエイティブデザイナー on 09.2011 !重要! 0 comments 0 trackback
私が、春休み丸々を使って企画・運営したキャンパスライフ・デザイン2011が無事終了しました。
今は、達成感です!
イベントの様子を写真やビデオで記録したので、是非ご覧ください。
別ブログへジャンプ



しかし、2日間開催する予定でしたが、片方が参加者不足のため中止となりました。
私の経験の中では、かなり大きな失敗に数えられるものでした。。
今は、貴重な経験だったと考えるようにしていますが、関係者には大変ご迷惑をおかけしました。。
難しいよな(涙)
企画は、最高のものだと自負できるのですが、人が集まらない。
どんなに良い製品を作っても売れなきゃ意味がない。
なんか、私の問題意識が違う形で降りかかってきて、ショックでした。。。。。


「責任の取り方」
これを、この1年かけて考えることにしました。
難しいですよねー。
責任感って言葉は嫌いなんです。普通の人なら、ある程度の責任感を持っているはずだから。
私だって、今回も持っていました。

しかし、大事なのって、どんなに責任感を持って仕事をしても、それが報われなかったときにどうするかだと思うんですよね。。
今回のケースは、まだ大学生だしマシですが、もし自分が社長でその会社がつぶれるとなったら、自分はどう責任をとるのか。。。
ちょっと考えただけでは答えなんて出ません。


責任をとる=自殺
安直な考えではそうでしょう。
昔からの日本社会も切腹が責任の取り方だったのだから、ある意味正解の一つなのかもしれません。
しかし、今の社会では、責任を取るために自殺するのは、認められるような行為ではありませんよね。

じゃあ、逃げれば良いのか?
いや、違う気がする。
では、どうすれば??

…難しいな。
大学生活、友人や先生方と思う存分考えをぶつけ合える貴重な期間。
そう思って、「責任の取り方」を色んな人と考えてみたいなと思っている私でしたー。

和食~Harmony Food~

Posted by クリエイティブデザイナー on 09.2011 ヒント 0 comments 0 trackback
日本人やのに、外国人より日本のことを知らないのは恥ずかしいことだなぁ。



五色、五感、五味、五法、五観文



色々な美学があるんだなぁとビックリ!

1.五色

2.五感

3.五味

4.五法

5.五観文


味・栄養の面と美を兼ねそろえる和食。
もっと、和食の美学を感じ取れる感性を身につけたい。
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