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悩みからの克服のコツ~「道は開ける(D.カーネギー)」を読んで~

Posted by クリエイティブデザイナー on 30.2012 ヒント 0 comments 0 trackback
少し悩むことがあったので、悩みを克服する自己啓発書の中で世界で最も有名な、「道は開ける(D.カーネギー)」を読みました。
原著は「HOW TO STOP WORRYING AND START LIVING」という凄まじいタイトル。
中身は流石!と感動する内容で、明日から悩むことはやめようと心に誓いました。
442ページもある本でしたが、その中で特に印象深い言葉をピックアップしてメモに残したいと思います。



【1】悩みと向き合う

1)「今日一日区切りで生きる」
過去と縁を断ち切り、今日一日の区切りで生きる
明日のことは配慮すべきだが心配するには及ばない
毎朝、今日は新しい人生だと自分に言い聞かせる

2)「最悪を受け入れる」
生じ得る最悪の事態を予測し、その結果に従う覚悟をする。
その上で、少しでも事態を好転させるように冷静に自分の時間とエネルギーを集中する

3)「ずるずると悩むことは健康を害する」
悩みに対する戦略を知らないビジネスマンは若死にする
関節炎の4つの原因=結婚の失敗、経済的障害と悲嘆、孤独と苦悩、長期にわたる恨み
緊張をゆるめ、英気をよみがえらせるものは、健全な宗教、睡眠、音楽、笑いである
もし自信を持って自分の夢に向かって前進し、理想とする人生を送ろうと努力するならば、普通では期待できないほどの成功を収めるだろう
事実を直視して悩むのを止める。そして何かをしてみる。



【2】悩みを分析する

4)「悩みからの脱却プロセス」
混乱こそ悩みの第一理由→悩みを分析する
・事実の把握(見たくない事実も直視し書き出す)
・事実の分析(悩みの種は?自分は解決に何ができるか?を文字化する)
・決断と実行(ある限度以上に考えると混乱や不安が起こる時が来る。それが振り返らないタイミング)

5)「悩みの分析法」
問題点は何か?
問題の原因は何か?
解決策はどんなものがあるか?
望ましい解決策はどれか?



【3】悩む習慣を断ち切る

6)「悩む暇がないほど忙しくする」
一度に一つの感情しか思考できない

7)「悩む時間はもったいない」
ささいなことが狂気の一歩手前まで駆り立てる
人生は短すぎる。小事にこだわってはいられない
一年もすれば皆から忘れられてしまう不平不満を悩みながら、かけがえのない多くの時間を無駄にする

8)「無駄な悩みを捨て去る」
悩んでいることの99%は起こらない
クヨクヨする態度を改めれば、悩みの9割は解消できる

9)「運命を受け入れる」
避けられない運命はあきらめて受け入れる
盲目であることが悲惨なのではなく、盲目状態に耐えられないことが悲惨であるだけだ
避けようのないもの自体を変えることはできないが、自分自身を変えることはできる
神よ、われに与えたまえ。変えられないことを受け入れる心の平静と。変えられることを変えてゆく勇気と、それらを区別する叡智とを。

10)「悩みを止める時期を定める」
悩んでいることはどの程度重要か?
この悩みを悩むべき時間はどの程度か?
それ以上悩んだら無駄なだけ

11)「元に戻らないなら忘れるのが賢明」
実際に起きてしまった出来事を変更することはできない
過去の失敗を冷静に分析して何かの足しにする。あとは忘れ去る。
覆水盆に返らず。これからは、水をこぼさないように気を付ける。もしこぼしてしまったら完全に忘れよ。



【4】悩まない心を育む

12)「考え方を変えれば悩まなくなる」
正しい考え方を選ぶ
われわれの人生とは、われわれの思考がつくり上げるものに他ならない
愉快に考えれば愉快になる。みじめに考えればみじめになる。
問題に神経を集中しなければならないが、悩む必要はない。
負けることもゲームの一部。頂上を目指す者にとっては有効な訓練。
おまえを打ちのめしてしまったのは、おまえの前にあらわれた事態ではなく、そういう事態に対するおまえの考え方なのだ。
心の安らぎや喜びは、自分の居場所や持ち物、身分によって左右されるのではなく、気持ちの持ちよう一つで決まる。外部の条件にはほとんど関係がない。
まず、不幸でみじめな自分だけに注いでいた愛情の浪費をやめ、その一部を他人に分け与えるよう振舞う
自分で決心した程度だけ幸福になれる
運動をし、身体を大切にし、栄養を取ろう
修養のために少なくとも二つは自分のしたくないことをしよう

13)「大器を持って敵を無視する」
敵に憎しみを感じると、むしろ自分自身が的に支配されることになる
憎悪は少しも敵を傷つけないばかりか、かえって私たち自身が、日夜、地獄の苦しみを味わう
敵を許し忘れる確実な方法は、自分よりも限りなく大きな主義主張に夢中になること

14)「感謝を求めない」
感謝することは多くの人には難しいこと
感謝を期待することは人間の天性を知らない愚かな過ち
人間は生まれつき感謝を忘れやすくできている。だから絶えず感謝を期待することは、自ら進んで心痛を求めること
愛される唯一の方法は、自分から愛を要求しないことであり、返礼を期待せずに愛情を振りまき始めること
幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどと考えずに、与えるという内面の喜びのために与えるべき

15)「忘れてしまっている幸福に目を向ける」
私はいったい何を悩んでいるのだろう?と自問してみる
自分の両眼をいくらもらえば手放せるか?自分の財産を合計してみよう
われわれは自分に備わっているものをほとんど考えずに、いつも欠けているものについて考えてしまう
いい加減で愚痴や不平と縁を切らないと、商売はもちろん、健康も家庭も友達も全部なくしてしまうぜ
喜びと幸福と健康だけを考えよう
毎朝、自分の恵まれた点を数え上げる
人生の目標は、欲するものを手に入れることと、それを楽しむこと。だが、後者を実践できるのは賢者のみ。

16)「自分らしく生きる」
自分の長所を考察しそれに従い振舞う
愚かな人間は、自分の肉体と精神を捨てて、別の人間や動物になりたいと願う人
自分自身に立ち返り、他人になんかぜったいなれるわけがないということを通説するまで、他人を真似ながら何年も浪費する人もいる
シェークスピアに匹敵する本は書けないが、私ならではの本を書くことはできる

17)「損害から利益を生み出す賢者となれ」
この不幸からどんな教訓を学ぶべきだろう?どうしたら周囲の状況が良くなるだろう?
刑務所の鉄格子のあいだから、ふたりの男が外を見た。ひとりは泥をながめ、ひとりは空をながめた。
人生で大切なことは利益を活用することではない。それは馬鹿でもできる。真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。これには明晰な頭脳が必要となる。これが分別ある人と馬鹿者との分かれ道。

18)「愛されたければ人を愛せ」
けんかをせずに立ち去るのは、その場でけんかをする以上に勇気のいること
あなたをいじめる子たちに興味を持ち、喜びそうなことを見つければ、きっとあの子はあなたを好きになってくれる
どうすれば他人を喜ばすことができるか、毎日考えよ
自分自身を幸福にするためにもほかの人々を幸福にしなければならない
人を助け、愛を分け与えることによって悩み・悲しみを克服し、新しい人間に生まれ変わることができる

19)「ただ生きよ」
人間は人生を理解するためにではなく、人生を生きるために作られている



【5】批判を気にしない

20)「批判は評価と考えよ」
非難された時、相手はそれにより優越感を味わおうとしていることを思い出せ。
非難は業績が上がっており、他人から注目されていることを意味している

21)「誰でも味わう不公平な批判は大きな心で無視せよ」
他人からの不当な批判をまぬがれることは到底不可能。不公平な批判で傷つくかどうかは自分次第
欺いた奴にはただ笑ってお返しする心を持て

22)「批判される前に正せ」
小人はごくささいな批判に対しても逆上するが、賢者は自分を非難し、攻撃し、論争した相手からも学ぼうとする
敵から非難されるのを待っていないで、彼らを出し抜いてしまおう
敵が一言も発言しないうちに、自分で自分の弱点を見つけて矯正しよう
私たちが正しく振舞えるのはせいぜい4回に3回だけ。批判は喜んで受け入れよ



【6】疲労を予防する

23)「疲労は休息で予防する」
疲労は悩みを引き起こしやすくする
短時間の休息にも意味はある

24)「リラックス状態で働く」
人を疲れさせるのは、脳の使用時間ではなく、精神的・情緒的態度
悩み、緊張、感情の混乱こそ疲労の三大原因
いつも楽な姿勢でリラックスしながら仕事をし、余計な労働をしていないか毎日点検をしてみる

25)「疲労しない習慣を身につける」
悩みを軽減させる最良の方法は、だれか信頼できる人に悩みを打ち明けること
元気の出る言葉をまとめておく
人の長所を書き出す
寝る前に明日のスケジュールを作る

26)「疲労しない仕事術」
当面の問題に関係ある書類以外は全て机上から片づける
重要性に応じて物事を処理する
問題に直面した時、決断に必要な事実を握っていたら即刻決断する。決断を延期するな
仕事を上手く他人にふる

27)「楽しいことを仕事にせよ、仕事に楽しみを見出そう」
私たちの疲労は仕事によって生じたのではなく、悩み・挫折・後悔が原因になることが多い
好きな仕事をやれる人間が幸せな人間
やる気と楽しさがますます湧いてきて、その分だけ悩みや疲労が少なくなる
大嫌いな人と一緒に歩く1キロは、恋人と歩く10キロよりもくたびれる
あたかも自分の仕事に興味を持っているようにふるまえば、興味に事実味が加わる
退屈な仕事をしなくてはいけない以上、何とかそれを楽しいものにしようと決意する
毎朝自分に励ましの言葉をかける

28)「不眠症は悩まないのが一番」
不眠症について悩むことは、不眠症そのもの以上に害がある
眠くなるまでは起きて仕事をするか読書をしよう
眠たくなるように運動をしよう
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ダンテの「神曲」を読んで

Posted by クリエイティブデザイナー on 26.2012 考え 0 comments 0 trackback
ダンテの「神曲」を読んだ。
あらすじだけですが(笑)
強烈なストーリーに胸が痛み、生き方について考えさせられた。

神曲は地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部から成る。
地獄に入るものは一切の希望を捨てて門をくぐる。
地獄は地球の中心に向かって9層から成り、中心層に近づくに従って罪が重いとされる。
ただし、無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は、地獄にも天国にも入ることを許されず、ここで蜂や虻に刺される。

1.洗礼を受けない(キリスト教に入信しない)
2.肉欲におぼれる(愛欲者)
3.大食(貪食者)
4.吝嗇と浪費(貪欲者)
5.怒りに我を忘れる(憤怒者)
6.キリスト教以外の宗派(異端者)
7.暴力者:隣人に対する身体的財産的暴力、自己に対する暴力(自殺者)、神と自然と技術に対する暴力
8.悪意者:強姦、媚び、聖物の売買、呪術(ウソ占い)、汚職、偽善、盗み、謀略、離問(仲を引き裂く)、詐欺
9.裏切者:肉親、祖国、客人、主人に対する裏切り

裏切りが最も重い罪になっているのが興味深い。

次の煉獄は、永遠に罰を受けつづける救いようのない地獄の住人と異なり、煉獄においては、悔悟(悔い改めること)に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。
罪を犯してもそれを悔い改めようとする心があれば、苦労は伴っても天国へ行けるチャンスがあるというのが興味深い。
こちらは7段階の罪を償う階層がある。

1.傲慢者
2.嫉妬者
3.憤怒者
4.怠惰者
5.貪欲者
6.暴食者
7.愛欲者

ちょうど地獄と逆の順番になっており、罪が軽いものほど天国に近い構造となっている。
傲慢や嫉妬、憤怒が償うべき重い罪になっているのが面白い。

最後の天国は、10層から成り、上へ行くほど素晴らしい。

1.神への懇願を必ずしも満たしきれなかった者
2.徳功を積みはしたが、野心や名声の執着を断ち切れなかった者
3.激しい愛の情熱に駆られた者
4.知恵深き魂を持つ者
5.キリスト教を護ために戦った戦士
6.大いなる名声を得た正義ある統治者
7.信仰ひとすじに生きた者
8~10はその上(具体的明記無し)

宗教心が強いわけではないので、神系のはどうでもいいように思えたが、
徳の他に激しい愛、知恵深いことが入っているのが興味深い。

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以上から感じたこと。
自分も含め性悪説的に考えると、悪行を犯す可能性は十分あるから、それをしないために恐れの心を持つことも大切かなと思った。
暴力、悪意(特に媚び、偽善)、裏切りは修復不能な大罪であるということ(だからしてはならぬ)。
もし悪行を犯してしまったとすれば、それを悔い改めるには相当の苦行を伴わなければ、その罪を償えないこと。
逆にいうと、その苦行を覚悟すれば楽になれるということ。

なるほど、人生かなり厳しいということですね。
私の師匠は、地獄の門にある「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」の引用から、希望さえ捨てなければ地獄には行かないし、
逆に希望を持っていなければ生きていても地獄なのだということ教えてくださる。
それに加え、「無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は天国にも地獄にも入れない」という記述から、
善いことをしようという意思すら持たなければ生きている価値すらないんだろうなと感じた。


善く生きよう。そう改めて誓った。

人生の指針25項目~孫の二乗の兵法を踏まえて~

Posted by クリエイティブデザイナー on 26.2012 考え 0 comments 0 trackback
孫の二乗の兵法
という、SoftBankの孫正義さんのSoftBank Academia公開講座を改めて見直しました。
ただ見るだけじゃ意味ないと思い、自分なりの「25の漢字」をピックアップして、風林火山海を作ってみました。
(プロトタイプなのであと1年で微調整していくつもり)

特に、ピンチの時にはこういう指針が無いと絶対失敗するように思います。
この25項目を全て達成できれば人生を終えれるように思います。


風林火山海


<<意味合い>>

・勇気を振り絞り主体的に行
を重んじる人間味溢れる心で
高く目を輝かせながら
・ゆとりある健康的で余ある生活を
・一期一会を胸に出会いのを大切に
を全うします。


しい刺激や出会いを求めながらも
・古き良き友人との思い出や記を大切にし
求を素直に満たしつつ
・怠惰を断ち切った規的生活を順守して
・小さな福を大切に感じながら
々生きていきます。


・Pay ForwardとGive&Give精神で自分から何かをえられるよう努力し
・黙って話を傾し、共感と理解を通して相手の意見と存在の尊重を示し
調を促してwin-winな関係から生まれるシナジーを狙い
・出会えたことや一緒に居られることに謝し
・相手の善さも悪さも成功も過ちも全てめ許して
人とします。


・天とチャンスの女神を信じ
性と粘り強さでタスクをこなし
・新しさに戦する姿勢を持ちつつも
・着かつ確実に成果をあげ
・煩わしいさを感に受け流す器量で
きます。


速に自ら謝罪し
・考えに少しを持たせ整理してから発言と行動に移し
・熟を重ねて問題の本質を捉え
かなる心で腹を括り
・義を重んじて実に
機に対処します。

生きるとはどういうことだろう? ~結婚と仕事を追い求める旅~

Posted by クリエイティブデザイナー on 11.2012 未分類 0 comments 0 trackback
今日は、生きるとはどういうことか?(人生観)を考えることで、仕事と結婚について考えてみたい。

「生きる」ってことを、
・生きる目的(=何故生きなければならないか?)
・生きる動機(=どうして生きようと思うのか?どうして生きる目的を捨てないのか?)
・生きがい(=どういう時に、生きることへの喜びを見出すのか?)
の3つに分解してみることで、「生」を強烈に意識することに成功し、「夢=限りある我が生を大切にすること」と再解釈することができた。



■生きる目的(何故生きなければならないか?)

・自分+家族が生きなければいけないため
・生きることを許された自分は、この世に恩返しをしなければならないため

生きる目的に自分と家族を「養う」ことが入ることで、ちょっとやそっとじゃめげない強い自我を、私は形成しているようだ。
だからこそ、強烈に結婚願望が強いんだと思うし、それを求めることで若き人生に幸せを感じることができている。

そして、生を頂いたことへの恩返しとして「社会貢献」の思想が生きる目的に入らなければいけないと感じることには、自分としても誇りに思う。
そもそも古来から、日本男児は国のために死ぬことに喜びを見出すことを幼少期から教えられ、武士として立派に生を全うしてきた。
また、他国を考えた場合、恐らく宗教観によって、社会への恩返しの思想を植え付けているように思われる。
この思想が生きる目的に入ることで、仕事に対する情熱が何十倍にも増大すると私は信じるし、もしこの思想が入らなければ、家族を不幸にも失った場合に自殺しか道はないのではないかと思う。
日本国(いや豊かであるはずの先進国)での特に男性の自殺者が絶えない根本的理由は、家族を養うことがどうしてもできなくなってしまった悲しき男性と、家族を失い目の前が真っ暗になってしまった男性が引き起こしているのだろうと思うと心苦しい。
良き家族を持ち、社会貢献をするために強く生きるのだと覚悟を決めることができれば、それだけでも十分幸せなことなんだろうと思う。



■生きる動機(どうして生きようと思うのか?どうして生きる目的を捨てないのか?)

・奥さんに頼られ感謝されること、そして子供が成長する姿を見ることに、本能的にこの上なく嬉しさを感じるから
・社会貢献をしない男は価値がなく、最もカッコ悪く恥ずべきことであるという思想の植え付けがあるから
・生きる目的を持って生きていると、生きがいにより心の充足感を感じる瞬間があり、生きることの喜びと感謝の気持ちが芽生えるから

生きる動機には、生物として本能に植え付けられたプログラムと、ある種の宗教観を無意識化に刷り込まれていることが力の大きな源となっているようだ。
最後は副次的な理由ではあるが、生きる目的と同期が揺らいだ時にそれを繋ぎとめる大きな役割を果たしているようにも思われる。



■生きがい(どういう時に、生きることへの喜びを見出すのか?)

ここがその人の人生観であり、個性であり、魅力に繋がるところではないだろうか?
たくさんあればたくさんあるほど、善く生きることができるんだと思う。
・感謝される
・貢献する
・好きなことをする
・・・

生きる目的と動機がしっかりしていれば、あとは種々の生きがいを見出すことで自分らしく善く生きることができるのだろう。



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以上を基に、結婚観と仕事観へ話を飛ばしたい。

■結婚観

最近ようやく気付いたことだが、男女の結婚の根底に流れる想いは
・男性→女性:自分が苦しくて落ち込んでも、たとえうつ病になったとしても、その結果過ちを犯したとしても、信じる気持ちを失うことなく自分のそばに居てほしい
・女性→男性:何があっても私を一番に想い、最後まで私と子供を守り抜いてほしい

女性→男性は単なる仮説にすぎないが、男性→女性の結婚観は少なくとも私の場合は究極これであろうとわかった。
男性が求めるのは、妻の信じる気持ちと過ちをも許す心であり、女性が求めるのは旦那の決心と揺るがない心なんだと思う。

つまり、結婚は信じる心と許す心とがベースになっており、これが揺らぐとほぼ終わりなんだろうと、若いながらに悟ってしまった。



■仕事観

仕事を選択する時期が着々と迫っている私にとっては、以下が選ぶ優先順位であるのだろう。
1.どんな苦境に生い立たされても、意地でも辞めずに続けることができる仕事
2.自分の仕事の貢献が多少であっても実感できる仕事
3.好きで人生をかけて打ち込める仕事

得手不得手は私にとっては全く考慮に入らない。
好きでやりがいが見出せ、自分の存在意義が確認でき、どんな苦しくても頑張れる仕事を、これから探し求めるんだろうなと思う。

愛情とご縁と宗教と、感情と言葉と学び ~挑戦の2012年で少しだけ悟ったこと~

Posted by クリエイティブデザイナー on 10.2012 未分類 0 comments 0 trackback
すっかり秋めいてきた。
美しい紅葉が僕を感傷的な気分にさせるのは、自分が暗にそれを望んでいるからなのか。
1年を総括するには時期が早いかもしれないが、この1年の歩んできた道のりをスッと見返すことができたので無性に書きたい気分になった。

2012年は挑戦の1年だった。
それは僕の思考を大きく揺さぶらせ、判断を鈍らした。
たくさんのものを見聞きした。多くを感じることができた。
そして大切なものを得る代わりに、大切なものを失った。
良き1年だったとは言い難い、少なくとも今は。
良き1年だったと言えるようになるのは、これからの自分の生き方次第なんだろう。

挑戦によって、世界が開けたと同時に悟りを開いた部分もある。
今日はその悟りについて徒然に書いてみたい。




そうだな、恋愛に喩えてみるとわかりやすいだろうか。いや母親と子の関係が良いだろうか。
今までの僕は、好き合っている男女が別れを選択するなんてことを納得することができなかった。
しかし、この世は子供の夢見る理想世界とは少し違うこともあるようだ。

--
大好きで結婚を考えてる彼がいます。
きっとこの先、彼以上に好きになる人には出会えないかもしれない。
人なつっこくて、優しくて、子ども好きで、あたしを誰よりも理解してくれていて…
そして彼はいつも、「お前の子どもは可愛いやろなぁ」「早く子どもほしいなぁ」と私に嬉しそうに言います。
だから別れなければなりません。
私には貴方が大好きな子どもを産んであげれないから…
--

好きな人の手を離さないのはただの「愛着」。
手を離してあげられるだけの「愛情」が僕にはあるか?
そんなことを幾度となく考えただろうか。

そういえばこんな話もある。

--
一休さんのお話しで、二人の母親が子供を取り合うというものがある。
突然財産持ちになった子供に、二人の母親が「自分が母親よ!」と名乗り出る話だ。
どちらが本物の母親かを調べるのに、一休さんは二人の女性に、
子供の手を引っ張り合って「取り合って取れた方を本当の母親とする」と言う。
そして二人の女性は、子供を引っ張り合うのだが、
子供が「痛い!」と言ったら、一人の女性はパッと手を離してしまう。
残った女性は「やった!やった!私が母親よ!」と喜ぶのだが、
一休さんは、手を離した方が子供の母親だと判断した。
つまり「子供が痛いと言っているのに、手を引っ張り続けれらるなんて母親じゃ無い」
という頓智話なのだ。
--

本当の母親は、我が子を愛しているから、本当に大切に想っているからこそ、
痛がる子の手を引っ張り続ける事ができなかった。
本当の愛情とはこんなにも切なくて良いのだろうか?

こんな話をクリスチャンの女性に僕は語っていると、
彼女はうーんとうなった後で、キリスト教の神様と人間とのお話を聞かせてくれた(記憶力が定かでないため以下はどこか間違えているに違いない)。

--
本来は、神様と人間はとても仲が良いものらしい。
しかし、ある時人間は自由意志のため、神様の愛情をそっちのけに神様のもとを離れていったのだそう。
その時、神様は先の女性や母親と同じように、辛い気持ちを抑えて人間を手放してしまう。
(その関係を修復するために犠牲になったのがイエス・キリストで、後に天使になったらしい)
その後、人間は神様のもとに帰ってくることになった。
(愚かな)人間であれば、自分を一度裏切り去った者を受け入れることは難しいのかもしれないが、
この時、神様はそっと人間を包み込み、あるがままを受け入れたのだそうだ。
--

クリスチャンの彼女は、愛情とは裏切りをも許して包み込むことではないかと主張した。
なるほどと、僕の心には綺麗に腑に落ちた。



しかし残念なことに、人間には心がある。感情がある。
この事実を実感するのに24年間もかかった僕は愚かな人間の一人なのだろうか。
ある小さな感情が他の大きな感情をコントロールすることができなくなることがある。
感情にどうしても頭と身体が付いていかなくなることだってある。
正常になるためには、感情を押し殺す"努力"(なんと虚しい努力だろうか)をしなくてはいけないことがある。
なんと人間とは弱く悲しい生き物なのだろうか。
そう自問自答する毎日を過ごす僕がいる。

人間が生きる限りにおいて、必ず宗教は存在する。
それは日本においても例外でないことを理解する。
好き同士であるにも関わらず、別れを愛情で受け入れなければならない男女を、
キリスト教では神様が与えた運命であり、二人にとって幸せになる一歩であると信じ込むのだそうだ。
普段は無宗教であると考える(私もその一人)多くの日本人は、「縁」という言葉を用いて辛い運命を受け入れる。
この人とはご縁が無かった、この企業様とはご縁が無かった。
そんな言葉を多用したくはないが、使わざるを得ない場面が出てくる可能性はある。

不幸は突然訪れる。
幸せが崩れ落ちるのは一瞬であることも初めて味わった1年だった。
信頼を築くには多くの時間がかかるが、信頼が崩れるのは「一言」で足りる。
そう父に教えてもらったのはいつだったか。
それを理解するのに24年間もかかった僕は愚か者だし、
その「一言」が、悪気もなく自然と出てきた普通の言葉である場合もあることを思い知らされた僕は、言葉を発することに憶病になった。
どれだけ悩み、どれだけ苦しみ、どれだけ反省しても、どれほどこれから注意しても、同じ過ちが繰り返される可能性があるかもしれないと悟る僕にとっては、
「人間関係の難しさ」という大人たちが使い古している言葉の恐怖にただただ怯える。
これも社会に踏み出す、真の大人になるための一歩なのだろうか。試練なのだろうか。


インドでは、貧困の凄まじさを感じることで相対的に自分を幸せと認識したり、教育制度の欠陥から不自由にしか生きることができない人々の虚しさを味わった。
アメリカでは、格差から生まれた麻薬中毒者たちの悲痛な姿を見て、なんと日本は平和なのだろうと再認識をした。

インドの子供たちの目の輝きと凄まじい人口を目の当たりにして、グローバルなパワーシフトが着実に進んでいることを身に染みて味わった。
シリコンバレーのスタートアップ環境と優秀な頭脳が集結するパワーを実感して、日本が崩れ落ちていく未来がまぶたの裏に浮かんだ。


そんな響きの良い学びもあったけれども、この1年の僕にとっての最大の学びは、
ご縁でしか済ませられない人生の儚さと、何気ない普通の一言による誤解から信頼関係が崩れ落ちる恐ろしさを知ったことかもしれない。
逆行を許さない時の流れに身を任せて、もう元に戻らない反省をそっと手放し、ただ未来のみを見つめて今をがむしゃらに生きるしかないと自分を信じ込ませながら、
ジリジリと痛む心と共に、長く苦しい毎日と向き合う今の僕は、幸せであるはずの未来の僕から見ると良い経験だったと言えるのだろうか?

ただただ自分の心を酒と言葉で騙しながら、時には感傷的になる素直な気持ちを大切にしながら、鏡の僕に向かって「まだ大丈夫そうだ、今日も頑張ろう」と笑ってみせては落ちに落ち込む。
そんな僕の心を時間が癒してくれることをひたすら待ち続ける。そう願う。
もう大丈夫みたい。今日は大丈夫だった。
明日以降も大丈夫だと信じたい。
そう、明るく生きよう!
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